「建築っておもしろい!」今回も「ミケランジェロの階段」に関する牧野校長の考察。前回からの続きです。
前回の記事はこちら↓↓↓
ミケランジェロの階段1/2 –疑問編–
イタリア・フィレンツェにある「ラウレンツィアーナ図書館」を何度か訪れた牧野先生。
図書館に入る前の階段室のデザインになんとなく疑問を感じていました。
浮いている2本の柱と「上から下」へデザインされた階段…。「なんか変なの」と思いながらもやっぱり気になっていたそうです。
そして、3度目の訪問。
学生たちと階段室を見学している時でした。いつも開いていた入り口の扉を誰かが閉めたのだそう。
扉が閉められて外の景色が見えなくなった瞬間、突然景色が変わりました。
「あれ、地下だ…!」
「ここは2階だったはずなのに、扉を閉めたら地下のようになった…」
不思議に思って考えてみると、「変なの」と思っていたあの柱。あの浮いているように見えた柱があることで、まるで地面が自分よりも上から始まっているように見えたのでした。
「柱は地面から始まるものだ」という見る人の固定観念を利用して、地下をイメージさせていたのではないかと牧野先生は考察しました。上から下へ流れるようにデザインされた階段も、地上から地下へと流れるようにデザインされていると考えれば納得がいきます。
でも、なぜミケランジェロはこの階段室を地下のように見せたかったのでしょう。
歴史的な背景を元に、牧野先生はこんな妄想しました。
サン・ロレンツォ教会は由緒ある教会です。
たくさんの修行僧がここで神学について勉強をしていたことだと思いますが、フィレンツェには本気で修行しようと思ったら他にも有名な教会があるんですね。
すると、このサン・ロレンツォ教会で修行するお坊さんというのはどんな人たちだったのか。
裕福な貴族や商人が「跡継ぎはもう必要ないから修道僧にでもしておくか」と、五男坊か八男坊あたりをこの修道院へ入れたのではないだろうかと考えました。うまくいけば枢機卿、本当にうまくいけば教皇にだってなれるかもしれない。本当に教皇になったら、一族に莫大な利益をもたらすことができるからです。
長男や次男のように跡を継げない五男坊や八男坊。
当の本人たちは、もしかしたらお坊さんになるのは不本意だったのかもしれませんね。
中にはやる気のない人もいたのではないでしょうか。
修道僧たちは、朝本堂でミサを終えて、それから図書館で神学の勉強をします。
やる気のない勉強をするために3階まで階段を上らなければいけないのです。
ちょっと気持ちが萎えてしまうのもわかります…。
そんなやる気のない(あくまでも推測)修道僧たちを、3階の図書館まで上らせるためにはどうしたらいいのか。
ミケランジェロはこう考えたのではないでしょうか。
地下から地上なら「帰る」しかないと。
図書館へ行きたいと思わせるのではなく、地上へ帰らなければと錯覚させる。そのために、この階段室をあえて地下に見えるよう設計したのではないでしょうか。
不思議なもので、「3階までのぼる」のと「地上へ帰る」のとでは感じ方が違いますよね。
教会の背景と、不思議に感じたデザインをあわせて考えてみたら、このことがとても腑に落ちたのだそう。
もしこの考察の通りなら、「修道僧を図書館へ向かわせる」という「出来事」をミケランジェロは設計していたということになります。ミケランジェロは、「出来事」を操作した歴史的上初めての建築家といえるのではないでしょうか。
ミケランジェロの階段に関する牧野先生の考察は、まさに「建築っておもしろい!」と思わせてくれる内容でした。
これを現代の手法を使ってどう再現するのか。学生たちには、設計者として自分に落とし込むところまでぜひ考えてみてもらいたいと思います。
フィレンツェに行く機会があったら、ぜひラウレンツィアーナ図書館の見学にチャレンジしてみてください。
実際に階段の空間を体験できたら、この考察を思い出してみてくださいね。
(文・田中いづみ)