デザインファームの教室で繰り広げられている「建築っておもしろい!」と思った話を紹介する連載。今回は、建てた後の建築についてのお話です。
先日、牧野校長と雑談をしていた時に「建築家の領域」「施主の領域」という言葉が出てきたことがありました。建築を設計する時には、お施主さんの性格や興味をよく見て、場合によっては「施主の領域」を残してあげることも大事なんだ、という話でした。
独立したての頃、牧野校長はある住宅の設計で、奥様が花を飾る飾り棚の案をスケッチで見せたのだそう。ところが奥様からは「余計なことをしないで、そこは私が考えるところ」と言われてしまったそう。
その時に全て設計する側が決めてしまうのではなくて「施主の領域」という余白を作ってあげることも、施主に喜んでもらうためには必要なのだと気がついたのだそうです。
施主の領域って?
例えば、玄関の真正面の壁に飾り棚を設計するとします。
正面真ん中にバランスよく設計する(スタティックバランス・静的なデザイン)か、真ん中をあえてずらして空いたところに施主が参加してバランスをとる(ダイナミックバランス・動的なデザイン)か、どちらの手法をとるかは施主のこれまでの好みや実績で考えていく必要がありますが、後者の場合には「花や絵を飾る」という施主の領域が生まれます。
本校のOBや講師の建築家に聞くと、住宅の竣工写真はある程度住み手が馴染んでから撮りに行く、という方も結構多くいらっしゃいます。それは、施主の領域があってこそ建築が完成する、という考えがあるからなんだと思います。住みながら家族の成長とともに暮らし方が変わっていくことを考えると、建築は完成させるものではなくて、住み手と一緒に育っていくものなのかもしれませんね。
建築学生の間は、設計課題の中で架空の施主のために建築設計を行います。
ある程度条件が決まっているものの、設計者側でこの人はこんな性格だから…こんなことに興味を持っている人だから…と決めてしまえるのが学生設計。
そうすると「ここでこんな出来事が起きて欲しい」「こう使って欲しい」という設計者側の思いの方がついよくなってしまいがちなのですが、実際の設計では施主にも「こうしたい」という思いが当然あるのです。
学生設計というのは必ずしもリアルである必要はないのでそれで問題はないのですが、プロになって設計をする時には、じっくりお施主さんと向き合って「施主の領域」についても考えてみる必要がありそうですね。
(文・田中いづみ)